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『 無痛分娩の事故・ニュースのこと:麻酔科医の観点からの検証1 』  麻酔科医情報サイト

 

*** 無痛分娩の事故・ニュースのこと:麻酔科医の観点からの検証1  ***

 

この章ではニュースで報道されている老木レディスクリニックでの無痛分娩事故について、麻酔科医という観点から検証をさせていただきます。

 

はじめにこの場をお借りして、ご家族ならびに関係者の方に心よりお悔やみ申し上げます。

 

老木レディスクリニックでの事故の詳細

2016年1月、大阪府の老木レディスクリニックで起きた事故です。無痛分娩を受けた当時31歳のお母さんが、無痛分娩を受けた後に容態が急変し、搬送先の病院で死亡した事故です。クリニックの男性院長は、業務上過失致死の容疑で書類送検されています。

 

 

この事故をネット記事で拝読した上で申し上げることは、

この事故の原因が

「無痛分娩で全脊麻(トータルスパイナル)という合併症が起きた際に、その合併症に気づくタイミングが遅れたことと、必要な救命措置を怠ったこと」

であるということです。

 

どうゆうことか、一つずつ解説していきたいと思います。

 

 

全脊麻(トータルスパイナル)とは

全脊麻(トータルスパイナル)とは、本来硬膜外腔というスペースに入るべき薬が誤って脊髄くも膜下腔に入ることによって、薬が効く範囲が広がりすぎてしまうことです。

 

人の脊椎の中には、脊髄という神経の束が入っています。この脊髄は、脊髄くも膜下腔というスペースで、髄液という液体にプカプカと浮いた状態にあります。

脊髄くも膜下腔は、硬膜という膜でコーティングされており、その外側に硬膜外腔というスペースがあります。

 

 

 

本来硬膜外麻酔のカテーテルは、①で示した硬膜外腔に入れますが、これが誤って②のように、脊髄くも膜下腔に入ってしまうと、同じ薬の量でも、薬の効きが広がりすぎてしまいます。

これが全脊麻(トータルスパイナル)です。

 

呼吸を司る筋肉である横隔神経まで薬が効いてしまうと、人は自分で呼吸できなくなります。呼吸ができないと、数分のうちに心臓が止まります。いわゆる心肺停止の状態です。

 

全脊麻(トータルスパイナル)になると、患者さんは呼吸ができない、手が痺れて感覚がない、といった症状を訴えるようになります。

 

これらの症状をいち早く察知し、カテーテルから髄液が引けること、cold test (***無痛分娩の種類***の章参照)で麻酔の効果領域が広がりすぎていることが確認できれば、担当医は全脊麻(トータルスパイナル)になったことに気付けます。

 

全脊麻(トータルスパイナル)自体、頻度として滅多に起きることはありません。また、硬膜外カテーテルを入れるときの薬の投与テストで、きちんと確認すれば、薬を広げる前に、カテーテルが入っている場所が違うことが分かるはずなのです。

 

強制換気:全脊麻の際に必要な救命措置とは

もし全脊麻(トータルスパイナル)になってしまったとしても、必要な救命措置をとれば、お母さんと赤ちゃんの命を守れます。

 

担当医は「パニックになって強制換気ができなかった」と話していますが、この強制換気とは何なのでしょうか?

 

これは簡単にいうと、器具を使って呼吸をサポートすることです。

普段人は、自分の横隔膜を動かして呼吸(自発呼吸)をしているわけですが、全脊麻(トータルスパイナル)で横隔膜が麻痺すると、自発呼吸をすることができなくなります。

 

この時は下のような器具を使った呼吸のサポート(強制換気)をすればよいのです。マスク換気とも言います。この器具はアンビューマスクといって、救命措置の際に必ず必要となる器具です。緊急時に迅速な対応をするため、どのような科の医師も、この強制換気の方法には精通していなければなりません。

 

 

 

 

どうすれば事故は防げたのか

この事故において、事態の悪化を防げたポイントは大きく3つあります。

 

一つ目は、硬膜外挿入時です。カテーテルを入れた際の薬剤テストで、カテーテルが脊髄くも膜下腔に入っていることに気づければ、薬を広げて全脊麻(トータルスパイナル)になることは防げたかもしれません。

 

2つ目は、カテーテル挿入後の経過観察時です。この時に患者の症状や、バイタルの変化に、看護師・助産師含めてその場にいる医療関係者がいち早く気づいていれば、全脊麻(トータルスパイナル)への救命措置が迅速に開始できました。

 

3つ目は、救命措置時です。呼吸できなくなった患者さんに対して、呼吸サポートが冷静に行えていれば、お母さんの心停止は防げました。

 

まとめると、やはりこの事故で一番大きな問題だったのは、前頭で申し上げたように、全脊麻(トータルスパイナル)という稀な合併症が起きた際に、いち早く気づけなかったこと、そして必要な救命措置ができなかったことであると筆者は考えます。

 

 

危ない合併症があるなら、やめたほうがいい?

稀であってもこのような恐ろしい合併症があるならば、無痛分娩は受けないほうがいいのではないか?と考えるお母さんもいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、他の章でもお話しましたが、大事なのは

 

<無痛分娩自体が危険>なのではなく

<管理体制が整っていない無痛分娩にはリスクが伴う>

 

ということです。

 

 

きちんとトレーニングされた麻酔科医であれば、カテーテルが脊髄くも膜下腔に入ってしまったとしても、いち早く気づくことができます。

 

無痛分娩後、スタッフ全体でしっかりとモニタリングしている病院であれば、患者に異変が起きた時迅速に対応することができます。

 

そして無痛分娩自体には、大きなメリットがあるのです。

(***痛みがなくなることの意味***の章参照)

 

これから出産するお母さんには、無痛分娩がどのようなものかを、十分に知ってもらいたいと思います。そして、より安全な施設で出産してほしいと考えます。そのために、この情報サイトmapaternityがあります。

 

この章では、無痛分娩の事故検証についてお話しました。

 

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