*** 無痛分娩の合併症 ***
この章では、代表的な無痛分娩の合併症についてご紹介します。
具体的に、無痛分娩の合併症には
「お母さんの低血圧」
「赤ちゃんの心音変化」
「局所麻酔中毒」
「頭痛(PDPH)」
「硬膜外血腫・膿瘍」
「全脊麻(トータルスパイナル)」
「嘔気・嘔吐」
「かゆみ」
などがあります。
それぞれどんなものなのか、みていきましょう。
お母さんの低血圧
麻酔の影響で静脈の血管が広がると、心臓から送り出される血液量が減少し、お母さんの血圧が下がります。血圧が下がり過ぎた場合は、輸液で水分を補給したり、血圧を上げる薬を使用します。胎盤血流が維持できる程度の低下は、そのまま経過をみます。
適度な血圧の低下は、硬膜外麻酔が効いているよい指標となりますし、妊娠高血圧症などで、もともとお母さんの血圧が高く、周産期に血圧をコントロールしたいときは、むしろ血圧低下はメリットになります。
赤ちゃんの心音変化
痛みがとれると、お母さんの交感神経(戦う時に活発になる神経)が抑制され、体内を巡っているカテコラミン(血圧を上げる体内物質)が減少します。
この変化が大きいと、子宮が強く収縮して、赤ちゃんの身体を圧迫することで、赤ちゃんの心音に影響が出ることがあります。
このような場合には、赤ちゃんへの子宮収縮の影響を抑えるため、お母さんの姿勢体位を変えたり、一時的に子宮の収縮を和らげる薬を使用するといった対応が必要になります。
お産が進んで、痛みが非常に強くなっている時に無痛分娩を導入すると、起きやすい合併症です。
局所麻酔中毒
硬膜外麻酔で使用する局所麻酔薬で中毒症状が出る事があります。
無痛分娩で使用する局所麻酔は、濃度が比較的薄く、通常使用で中毒量に達することは少ないですが、
痛みをとるため多くの量を使ったり、カテーテルの先端がずれて血管の中に迷入していたりすると、中枢神経症状や、心臓への毒性による循環器症状が出てくることもあります。
患者さんの自覚症状としては、舌がしびれたり、金属のような変な味がしたり
興奮して発言がおかしくなったりということがあるので、そのような症状がある時には中毒を疑います。
無痛分娩の途中からカテーテルが血管内に迷入することもあるので、硬膜外に薬を入れる際は、血液がカテーテルから引けないか、確認しています。
もし局所麻酔薬中毒が起きた場合は、レスキュー薬を使って、血中の局所麻酔薬を吸着させ、神経と循環への影響を少なくすることが必要です。
頭痛 (PDPH)
背中からの麻酔の影響で、頭痛が起きることがあります。
産後の頭痛は、脳出血や、筋肉の緊張、片頭痛の悪化などによっても起きるので、何か他に大きな問題が起きていないかを、まず鑑別することが大事です。
背中の麻酔による頭痛の特徴としては、起き上がるとわるくなる、頭の前から後ろの方にかけての、ズキズキとした痛みです。
この頭痛のことを「PDPH : post-dural puncture headache 硬膜穿刺後頭痛」を呼びます。
硬膜に傷がつくことで、脊髄液が減少して起きることが原因と言われています。
大抵の場合は一過性で、そのまま自然に経過を見ていても1-2週間で落ち着いてくることがほとんどです。
頭痛の症状がひどい場合は、カフェインの内服をお勧めします。
内服でも改善しない場合は、ご本人と相談した上で、硬膜外ブラッドパッチという処置をさせていただくことがあります。
これは、ご自身の血を採血して、硬膜外腔にその血を入れることで、硬膜の穴を塞ぎ、脊髄液の漏出を防ぐというものです。
ブラッドパッチがうまくいくと、頭痛はみるみる改善します。
ただ、頭痛の原因となった処置を、もう一度することに抵抗がある方もいるので、
ご本人と相談して、希望した場合に、考慮される処置です。
硬膜外血腫・硬膜外膿瘍
硬膜外腔に、血の貯まりや、バイ菌の感染が起きる現象です。
非常に稀ですが、数万人に一人の割合で報告があります。
これらの貯まりが脊椎内で神経を圧迫することで、神経障害の可能性があります。
背中の皮膚の状態や、進行性の足の症状(足が動かしづらい、しびれる)から、この合併症を疑います。最終的な確定診断のためにはMRIによる画像検索が必要です。
場合によっては緊急手術で、外科的に血腫を除去する必要があります。
ちなみに、局所麻酔薬が広がることによっても、一時的に足が動かしづらくなったり、しびれがでたりします。
足を動かす運動神経にも麻酔がかかるためで、通常このような症状の自覚があっても、問題ありません。
安全のためには、背中の状態や足の症状の出方を、よく観察すること、そして万が一の時に早期発見できることが重要です。
全脊麻(トータルスパイナル)
硬膜外無痛分娩で最も気を付けなければならない合併症の一つです。
硬膜外腔に留置されるべきカテーテルが、それより中枢の脊髄くも膜下腔に入ってしまうことで起きる現象です。
麻酔薬が広範囲に広がりすぎることによって、横隔膜が麻痺して、自分で呼吸することができなくなるため、蘇生措置が必要になります。
詳しくは*** 無痛分娩の事故・ニュースのこと:麻酔科医の観点からの検証1 ***でも図解で説明しています。
嘔気・嘔吐
硬膜外麻酔に使う薬液の中には、麻酔の効果を強めるために、オピオイドと呼ばれる麻薬が使用されています。
この麻薬に対する感受性は、人それぞれで、年齢や体重によってもその反応が異なります。
感受性が高い方だと、まれに、嘔気・嘔吐の症状を訴えられる方がいます。
症状が強い場合には、吐き気止めを使ったり、あるいは麻薬の入っていない薬液に置き換えたりすることが考慮されます。
麻酔を中止すれば自然におさまることがほとんどです。
かゆみ
嘔気・嘔吐と同様に、オピオイド(麻薬)による影響で、全身のかゆみを訴える方がいます。
身体をアイスノンのような冷却材で冷やしたり、抗ヒスタミン剤などのかゆみ止めを使って対応します。
いかがでしたでしょうか?
お話ししたように、合併症には大きいものがら、小さいものまであります。
医療行為は不確実な要素を含むものであり、合併症は稀であったとしても、完全にゼロにできるものではありません。
もちろん、医療関係者は絶えず合併症をゼロに近づける努力をしていますが、大切なのは合併症が起きた時に、迅速かつ正確に対応できることです。
そういった危機管理も十分行き届いた、病院・クリニックを選んでいただけるようにと願っています。
この章では代表的な無痛分娩の合併症についてご紹介しました。